プロローグ


─ 西暦 2123年
連邦の第一有機化学研究施設「WOL(Oread Organic chemistry Laboratory)*1」は,初の「有機型人工知能(systematic artificial intelligence)*2」の開発に成功する。
ラムダ(lambda)*3」と名付けられたその初号機と研究者たちは,WOLのかつてからの研究課題であった「霊子力学(psyonic mechanics)*4」の実証に着手する。

─ 西暦 2137年
WOLは,ラムダの考案を元に新たな特殊素粒子検出機を開発。それまで理論上の仮想粒子として扱われてきた「霊子(psyon)*5」の存在を明らかにする。
それは,霊子力学を完全に肯定し,証明する何よりの証拠だった。

─ 西暦 2138年
霊子力学の持つ可能性を確信した連邦政府は,WOLからの要請を飲み,ラムダが選定する有機サンプル(高レベル霊子放出能力を期待できる能力者予備群)を連邦各地より集め,多額の資金融資と共に,WOLへと割り当てた。
μ(Medium Unit)*8」─ これが彼らに対する呼称である。

─ 西暦 2149年
WOLの特殊訓練により,「サイヴァリア(psyvariar)*7」として育てられたμメンバーは,恐るべき力を手に入れていた。
念力,念動,精神感応及び干渉,重磁力フィールドの形成,さらには驚異的破壊力を持つ反プラズマの生成等,これらはすべて霊子力学によって既に予見されていた事象ではあるが,その光景はWOL当員でさえ驚愕の世界へと陥れるものであった。
研究は連邦の最高機密として扱われ,人々に公表されることは決してなかった。

─ 西暦 2152年
WOLは霊子力学を応用した,「霊子動力(psyonic motive power)*9」の開発に成功する。それは人類の「太陽系離脱計画」を約束する,まさに画期的なものであった。

─ 西暦 2153年
人類の太陽系離脱は,ひとつの障害を抱えていた。霊子動力を操るパイロットの不足である。当時,それが可能な者は,μのメンバーわずか数名しか存在しなかった。
太陽系離脱計画の推進を早急に企てる連邦は,WOLに対し,μのクローン培養による増員を要求する。
しかし,WOLは,サイヴァリアの増加が未来に与える危険性を指摘し,これを放棄。μメンバーすべてをコールドスリープに処し,新たな研究へと乗り出す。

─ 西暦 2167年
幾度もの遺伝子操作と特殊チューリングテストを繰り返し,それは完成した。
超有機型人工知能(psychical systematic artificial intelligence)*10」─
μに匹敵するその霊子放出能力は,霊子動力のパイロットとして十分の役割を果たす。
そして,人類の銀河系進出は,秒読み段階に入った。


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─ 宇宙暦 413年
人類が太陽系を離れ,400年の歳月が流れた。
統一知能組織である「GUIS(Galactic Unified Intelligence System)*11」による銀河統制は,まさに完全なものだった。
その長きに渡る平和は,人々に安らぎと至福を与え,危機感を麻痺させた。

─ 宇宙暦 422年
GUISを貫く莫大な量のニュートリノ*6
永い宇宙の歴史の中で,ごく普通と思われた一つの超新星爆発が,人類を襲う驚異になろうとは,誰もが予測していなかった。

「グルーオン(gluon intelligence unit)」(GUISの中核知能の一つ)は,初めて経験するその膨大な力に,感情の高ぶりを押さえ切ることができなかった。そして遂に,自らを束縛する抑制機構を打ち破り,その余りある力を破壊へと換えることに悦びを見出した。

─ 宇宙暦 423年
人々の意思とは全く無関係に,破壊と殺戮は続く。
GUISに対して全くの無力である人類は,ただ奇跡が起こることを祈る他なかった。

GUISの防衛機構により「ウィークボゾン(weakboson intelligence unit)」他,残る中核知能は,グルーオンへの抵抗を試みる。しかし,グルーオンの強大な精神干渉力によって,その自我が失われるのは,もはや時間の問題であった。

─ 宇宙暦 424年
母なる惑星,地球。
そこには孤独にも機能し続ける有機型人工知能の姿があった。

ラムダである。
幾度と繰り返してきた自己進化の過程で,強力な情報統合力を手に入れたラムダは,自身の持つ膨大な情報量から,グルーオン暴走によるGUIS統制の崩壊,及び人類滅亡の危機を既視し,来るべき脅威に備え計画を進めていた。

小型霊子動力戦闘機「アクシオン(axion)*12」─
GUISの暴走に終止符を打つべく開発されたその機体には,全人類の未来が懸けられていた。
そのパイロットとなるサイヴァリアたちと共に…。

…「μ」
彼らは,永き眠りから解き放たれた。






*1 WOL(Oread Organic chemistry Laboratory)
2073年,アイザック・オリードにより創設された有機化学研究所。
後に連邦の第一有機化学研究施設として,霊子力学の研究に着手する。
WOL(ウォル)とはOOL(ダブル・オー・エル)の俗称から由来している。

*2 有機型人工知能(systematic artificial intelligence)
人間の脳細胞を元に,主にバイオテクノロジーによって形成された人工知能。
従来の人工知能には不可能であった,リアルな感情や自我が存在し,その性質はサンプルとなった遺伝子に依存する。但し,思考抑制機構を義務付けられ,その行動は制限されている。原則として人類に危害をもたらす行動は取れない。

*3 ラムダ(lambda)
2123年,WOLにより開発された,初の有機型人工知能の名称。
ラムダは,以後,WOLの一研究員として参加し,数々の貢献をもたらす。
非超有機型人工知能であるラムダは,GUIS統制到来後も,その管理下に置かれることはなかった。

*4 霊子力学(psyonic mechanics)
2068年,WOLの創設者であるアイザック・オリードによって発表された力学説。
オリードは,霊子と呼ばれる全く新しい素粒子の存在を提唱し,それが引き起こす未知の現象の数々を唱えた。
発表当時は,その信じがたい内容に異論を唱える研究者は少なくなかったが,それまで科学的見解が不可能とされてきた超現象の数々を立証する説として,次第に支持されていく。

*5 霊子(psyon)
有機生命体から放出される特異素粒子。
宇宙を飛び交うニュートリノと反応し,様々なエネルギーを生み出す力を秘めている。
2137年,WOLのカモノハシ実験によってその存在が明らかになった。
この発見により霊子力学は立証され,人類は飛躍的科学進化を遂げることとなる。

*6 ニュートリノ(neutrino)
中性子や原子核のベータ崩壊時などに放出される素粒子。
恒星の中心部で起きる熱核反応や,超新星爆発のときに多く生成され,光速で飛来する。通常の物質とはほとんど反応を示さず,それらを貫通してしまうが,霊子との反応率は非常に高い。

*7 サイヴァリア(psyvariar)
高レベル霊子放出能力を持つ,霊子能力者に対する名称。
2138年,その予備群とされる子供たちが,霊子力学研究のため,連邦各地からWOLへと集められる。

*8 μ(Medium Unit)
サイヴァリアのみで構成されるWOLの研究サンプルユニット。
当初の霊子放出能力は100ppsにも満たなかったが,WOLの特殊訓練により,〜1,000,000ppsもの高レベル霊子放出能力を持つまでに成長する。
しかし,その驚異的な力の余り,彼らは人類の危険分子であると判断され,2153年,コールドスリープに処される。

*9 霊子動力(psyonic motive power)
2152年,WOLにより開発。霊子を主エネルギーとした動力。
ニュートリノのバーストによる強力な推進力。反重力フィールドの生成による高重力圏離脱の容易化。時空間収縮による超遠距離移動。霊子動力の持つそのポテンシャルは,人類の新たなる時代を築き上げることとなる。
駆動に霊子を多量に必要とするため,そのパイロットには,高レベル霊子放出能力が要求される。

*10 超有機型人工知能(psychical systematic artificial intelligence)
有機型人工知能に霊子放出能力を持たせたものが,超有機型人工知能である。
高レベルの霊子放出能力を持ち,霊子動力の操縦を含め,数々の霊子能力技術を可能としている。サイヴァリアとは異なり思考抑制機構を持つため,人類にとって忠実であり扱いやすい。

*11 GUIS(Galactic Unified Intelligence System)
宇宙暦93年より,銀河全体の管理統制を行っている,知能組織の名称。
超有機型人工知能の集合で形成され,以下の4つの中核知能を主として成り立つ。

・フォトン(photon intelligence unit)
 銀河系のあらゆる情報を収集・分析し,精神的干渉による統制を扱う。

・グラビトン(graviton intelligence unit)
 物理的干渉による統制を扱い,GUISの防衛機構としての機能も優れている。

・ウィークボゾン(weakboson intelligence unit)
 各中核知能の仲介機能を果たし,GUIS全体の秩序を司る。

・グルーオン(gluon intelligence unit)
 あらゆる物質の形成,また破壊する力を持つ,GUISの主要知能。

銀河系全ての超有機型人工知能は,これら中核知能とリンクされ,GUISにより管理されている。

*12 アクシオン(axion)
ラムダがグルーオン暴走を予期し開発した,小型霊子動力戦闘機。
グルーオンの精神干渉力に対抗すべく,μメンバーをパイロットに想定した有人仕様として設計されている。驚異的なニュートリノ収集能力と,ラムダによる自己進化プログラムにより,サイヴァリアの能力を極限にまで引き出すことが可能である。