このページはJavaScriptを使用しています。JavaScriptが無効になっている場合は、有効にしてください。

ひ と と せ の ひ と ひ ら ・ 卯 月

麓川 智之

- 1 -

一年のかけらが一片、ひらひら空を舞っている。

形良く伸びた枝から離れた花びらが風に乗り、だけれど圧倒的な影響力を持った地球を袖にすることも儘ならず、独りはぐれてふらふら空を舞っている。

遠くの青に溶けてしまったそれからぐるり視線を巡らすと、頭上に溢れる雲霞のごとき爛漫の花に目を奪われる。

花びら一枚一枚は仄かな色しか持たない白にも拘らず、花霞と群れ咲くに到っては酔いに上気したかのように染まり、眺めるわたしも羽化登仙の心持ちになるそれは、まさに桃源の景色。

咲くのは桜の花ばかりなのに桃に例えるのは如何なものか。しかも月の和名は卯の花月ときたものだから、何やら桜に申し訳ない――

そんな益体もないことを考えているわたし、羽藤桂が下級生の範となるべき最高学年になってから、すでに十数日が過ぎようとしている。例年通りならば花はそろそろ疎らに散り行き、爽やかな新緑に取って代わられているような時期である。

だけれど今年の冬将軍はお尻の重たい安産型だったようで、桜の開花もやや遅れ、舞い散る季節もやや遅れ、今日(こんにち)今宵も花見頃。葉桜過ぎには気をつけなきゃいけない毛虫もまだまだお休み中の模様で、鬼の居ぬ間に何とやらとお花見に繰り出した羽藤さんたち御一行。

とはいえ銘菓「十三石まんじゅう」を誇る街に根差した木々は、入学式を終えるや否や役目は済んだとばかりに散り急き始め、どうせ見るなら満開の花をと欲張った総勢五名は桜前線を追いかけて北上することに。

- 1 -

- 2 -

移ろう自然の寸陰をフィルムに刻むことを活計としているだけに、四季折々の名所はお任せという浅間サクヤ女史の駆る赤いクロカンに乗り込むこと数時間。お天道様が中空に差し掛かるころ、ようやく辿り着いたのがこの場所だった。

そんな手間をかけるなら、地元の盛りに合わせれば良かったじゃないかとおっしゃる方もいるだろうけど、なかなか足並みが揃わなかったのだから仕方がない。

それに人里離れた桜の森は、穴場も穴場の人影皆無。この貸し切り気分の贅沢さを考えれば旅の疲れも平気の平左だ。

名の知れた行楽地の賑やかさも捨てがたいのだけれど、妙齢の女子ばかりという顔触れだけに、酔って羽目を外した人などに絡まれずにすむ安心感に軍配が上がるのは致し方ないことだろう。

……いやね、酔っ払い予備軍ならここにも一名いるけれど。

「かーっ、桜の下で飲む酒はまた格別だねぇ」

なみなみ満ちたコップを一息であおったのは、唯一合法的に飲酒ができる実年齢であるところのサクヤさん、自称「美人独身二十歳」。秋は月見で春は花見でと、花札でも役が付くだけあって、今日のお酒に付けた点数も普段に比べて高得点。

舞い落ちた花びらが、お酒の波間に揺れたりするのは風流だとは思うけど――

三々九度に使われるような平盃ならばいざ知らず、途中のコンビニで買ったプラコップというのはいささか情緒に欠けるのではないだろうか。

まあ、一升瓶から直接飲んだりしてないだけ、マシと言えばマシだけど。

- 3 -

「ほれ、桂。運転手を労って、お酌ぐらいしたらどうなんだい」
「はーい、お酌しまーす」

後ろ手に上体を支えて桜花の天蓋を仰ぎ見ていたわたしは「よっ」と重心を移動させ、膝を進めてサクヤさんの隣へ。

「どうぞ一献」

中身のたっぷりと入った一升瓶は結構な重さがある。右手で口を固定して、もう片方で支えた底を上げて傾けると、コップの縁に張り付いていた花びらは再びささの海に押し流されることとなった。

サクヤさんはこれもまた一気に飲み下すと「さあ注げ、やれ注げ」と空になったコップを突き出してくる。

「えー、ピッチ早すぎなんじゃない?」
「こんなの別にわけないさ。まだまだたっぷりあるんだし」
「そういう問題じゃなくてね……」

腕の中にある開封済みとは別に、未開封の瓶が数本程並び立っているのは一体どういうことだろう。『長屋の花見』御用達のつもり酒ならいざ知らず、これは確かにアルコールの香りも豊かな吟醸酒。あまり野暮なことは言いたくないけれど、唯一の自動車免許持ちがこの有り様でいいのだろうか。

まあ、今日は夜桜まで楽しんで真夜中過ぎの帰宅になる予定だから、酔い覚ましの時間は十分作れる予定――ちゃんと頃合いで切り上げたなら――ではあるけれど――

わたしはサクヤさんのことを知ってるから、一升酒したところで何とかなるかと思えるけれど、予備知識のない親友ふたりは帰りが心配だったりはしないんだろうか。

「おーい、桂――って、聞いてないね。今度は何考えてんだか」

- 2 -

- 4 -

「桜の精に中てられたのかもしれませんわね」
「それはわからんでもないけどね、こっちは次を注いで欲しいんだけど」
「では、僭越ながらわたくしが」
「おっと、悪いねぇ」
「構いませんわ。こんなに良いところへ連れてきて頂いたのですから」

と、わたしの腕から一升瓶を抜き取ったのは、本日の参加が一番危ぶまれた東郷屋敷のお凛さん。いくら大人も同伴とはいえ、日付けを跨ぐ花見というのは門限やらがかっちりしてそうな良家の子女には厳しいんじゃないだろうかと、羽藤桂は考えていた。

にも拘わらず当人てんで無頓着。催促されずとも、コップの渇く暇(いとま)を与えぬ細やかなお酌振りといったらどうだ。

「あんまり飲ませたら帰れなくなっちゃうよ」
「持ち寄った食べ物だけで一日二日は持ちそうですから、醒めるのを待てばよろしいのでは」
「お凛さん、月曜日から学校……」
「ふふ、さぼってしまうのも青春めいていて良いですわ」

はらはらと降る桜をてのひらに受けたお凛さんは、わずかに尖らせた唇でひと吹きして舞わせ、緩やかな微笑を零した。

「散ってしまえば宴もお終いですから、些細なことに気を揉まず――」
「折角だから、ぱーっと楽しまなきゃ!」

お凛さんの言葉を引き取った元気な声は、花見企画の発案者である奈良陽子ちゃんのもの。

- 5 -

「はとちゃーん、うりゃ!」

最後の掛け声に嫌な予感を認めた頃は、すでに時遅し。呼ばれた名前に釣られて向けた顔は、降りかかる白に塞がれて――わたしは反射的に目をつぶった。

軽く細かく柔らかな、無数の何かに叩かれる感触。

痛くはないけど、びっくりした。ほんの少し、息苦しい。

「見たか、忍法花吹雪」

息を継ぐわたしを見下ろして、呵々と高笑いする陽子ちゃん。

白い花の舞い散る様と、空から雪の降る様は良く似ている。ゆえに花に吹雪と付けたり、雪を六花と呼んでみたりと、比喩の類いのやり取りがあるのだけれど、よもやお花見の席で子供の雪合戦のようなことをされるとは思わなかった。

そういえば子供の頃は、不意打ちで雪玉ぶつけられたりしたなぁ……

ぶるぶる顔を左右に振ると、付着していた花びらが、はらりと剥がれて落ちていく。

「ううっ、頭から花びらまみれ……」
「大丈夫、大丈夫。土ついてない綺麗どこだけ見繕ってきたから」

レジャーシートを広げるなり荷物だけ置いて姿を消したと思ったら、桜の森の満開の下、妖しく手招かれていたわけではなく、そんな仕込みをしていたのか。

まったく、早々に飲み始めるサクヤさんもサクヤさんだけれど、陽子ちゃんも陽子ちゃんだ。

「しかも少し食べちゃったし……」
「別に生で食ったところで死にゃしないよ。ま、あたしは食わずに桜酒だけどねぇ」

- 3 -

- 6 -

わたしにぶつかり飛び散った桜玉の累は、隣にいたサクヤさんにまで及んでいたようで、手にしたコップの中にも二、三枚では済まないほどの花びらが入り込んでいた。

「あー」

それでも大人の余裕なのか、お酒のせいで細事はどうでも良くなっているのか。サクヤさんはさして気にした様子もなく、そればかりかわたしの鼻の頭にへばりついていた花びらをひょいと摘み取り、コップの中に追加するようなことまでしてのけた。

「あっはは、花見の席は無礼講だってさ。それではとちゃん、美味しかった?」
「もうっ、陽子ちゃん! お凛さんも何か言ってあげてよ」
「そうですわね、そんなに桜のお味に興味があるのでしたら――」

お凛さん、曲げた右手の人差し指を唇の下に添え、ちょっと小首を傾げて見せて。

「――奈良さんのお昼は、特別に桜尽くしといたしましょうか」

唇の両端を、ほんの少々吊り上げた。

「具も海苔も花びらの桜おにぎりとか?」
「ええ、それと桜の絞り汁なども良いですわね」
「絞り汁かぁ……朝顔の色水なら理科の時間に作ったりしたよね。何の為にそんなの作ったんだっけ?」
「リトマス試験紙の代用ですわ。ですけど浸すだけで絞ったりはしなかったのでは」
「そうだっけ?」
「ええ。それに紫キャベツ溶液の方が主流のようでしたし」

- 7 -

「何だか青汁みたいで、美味しくなさそうだね」
「まあ、飲むのは奈良さんですし」
「ちょーっと待った!」

わたしたちの会話を聞いていた陽子ちゃん、ずかずかと手近な木に歩み寄って対峙する。目前の幹から四方へ張り出す枝へと首ごと視線を持ち上げつつ、半歩下がって満足げに頷くと、右足だけ更に半歩ぶん後ろに退きながら言う。

「そんなことする気なら、こいつの力でおべんとまとめて桜まみれにするわよ!」

枝分かれした先のある一連は、わたしたちが敷いたレジャーシートの上を占拠していた。

複雑な軌跡を描きなから、花びらが一枚落ちてくる。

「……奈良さんの口に入る分まで、桜まみれになりますわよ?」
「死なば諸共って言うじゃない。やっぱ思い出はみんなで分かち合わないと」

まずは脅しとばかりに、軽く木の幹を蹴り付けた。

それなりの太さがある幹は、体重をかけて揺さぶったりしなければ、実際のところびくとも揺るがないのだろうけど――

まだあと数日は枝にしがみ付いていただろう花びらが、全部で十指に余るほどの群れをなし、はらりはらりと落ちてきた。

まるで小さな紋白蝶のようなそれらは、大地に伏せると動かなくなった。

「わ、陽子ちゃんひどいんだ」
「例え犠牲を覚悟してでも、テロリストの要求は突き放すべきなのですが……」

- 4 -

- 8 -

実際のところまだお弁当箱の蓋は開けてないから、花びらが降り積もったところで害はないのだけれど、その場のノリというものがある。

お凛さんは大いに嘆息すると、わたしの両肩に掌を乗せた。

「羽藤さん、これは下手を打って刺激しない方がよろしいようですわ。申し訳ありませんが、泣き寝入りしてくださいませ」
「そんな、お凛さんは味方だと思っていたのに……」
「無理心中の巻き添えなど御免ですわ」

わざとらしくもがっくり落としたわたしの肩を、お凛さんはいつもの鷹揚な笑みを浮かべたまま、とすっと押して突き放した。

力なく上体を泳がせたわたしは、一度手を付きよろめきつつも立ち上がり、脱いでいた靴をつっかけた。

「ううっ、わたしが我慢すればすべてが丸く納まるんだね……」

レジャーシートを離れ、敷き詰められた花びらを踏みしだきつつ、陽子ちゃんまであと数歩の位置まで近づいたところで、膝を抜かしてへたり込む。

「はとちゃん……」
「何て言うと思ったかーっ!」

地面に積もっていた花びらを握ると、往年の水戸泉もかくやの勢いで、身を乗り出してきた陽子ちゃん目掛けて撒いた。目には目を、歯には歯を、奇襲には奇襲を。わたしだって騙す側に回ることだってあるのだ。

「甘い!」

陽子ちゃんは両のてのひらをかざし、顔を保護して一喝する。

「ほほう、お凛との連合軍ならともかく、はとちゃんひとりであたしに挑むと?」

- 9 -

問うと同時に身をかがめ、足元にある弾を引っ掴み、わたしに向かって投げ付けた。わたしも両手でかき出すように、積もったそれらを舞い上げて応戦する。

「江戸の仇を何とやら、今日この場所この花で、目に物見せてくれようぞ!」

と、講談調に気合いを入れた丁度その時のことだった。

「……あ」

知らず兵糧攻めにあっていたわたしのお腹も、今が打って出る好機と悟ったのか、鬨の声を上げたのだ。長時間のドライブに備えて朝を軽めにした影響が、今に至って現れたらしい。

折り悪く風は凪いでいて、花びら同士が打ち合い奏でる玄妙な調べも止んでおり、それは思いのほか大きな音のように聞こえた。

だがしかし、林立する桜に響いて木霊する程でもなく、程なく辺りは静まり返る。

その静寂を破ったのは、それまでわたしたちの騒ぎは蚊帳の外の出来事と、桜花の宴に心遊ばせていたように見えた柚明お姉ちゃんだった。

「ふふ、三人とも本当に仲がいいのね」

口元に手を当てて、ころころと楽しげにそう言った。

「だけど、まずはお昼にしましょうか。江戸の仇を討つ前に、腹が減っては何とやらよ」
「同感ですわ。不肖ながら調停は、わたくし東郷凛が務めさせて頂きます」
「お凛、あんたマジで不肖。はとちゃん見捨てた女が何言ってんの」

- 5 -

- 10 -

「最初に手を出した奈良さんほどではありませんわ」
「あれは親愛の情を込めた、ほんの些細な悪戯じゃないの」
「小学校低学年男子と大差ありませんけど。程度の低い愛情ですわ」
「にゃにおーっ!?」
「さあさあ、奈良さんの矛先はわたくしに向きましたから、この隙に羽藤さんは」
「あ、えーと、うん……」

調停というよりは友軍を逃がすための囮といった体だけれど、この際別に何でもいい。

お凛さんなら平気だろうし、わたしもちゃんとやり返したし、そうなるとお昼ごはんの優先順位がダントツに上がってくるし。

「ほら、桂ちゃん。こっちに来てお弁当広げるの手伝って」
「うん」

昨夜から柚明お姉ちゃんが腕によりをかけてこさえた大作だ。別にわたしたちがお弁当担当というわけではなく各自持参のはずだけれど、それでも二人前どころか三人前と言うにも多すぎるほどの量がある。もちろん、わたしも手伝った。

靴を脱いでレジャーシートに上がりこみ、柚明お姉ちゃんの隣にちょこんと控える。

「桂ちゃん、まだ花びらがついたままよ」
「え? 本当?」

靴を脱ぐ前に、頭やら服やらを叩いて落としたつもりだったが、まだ不足の模様。

再びぱたぱたとあちらこちらに手をやるが、一向に花びらは落ちてこない。

- 11 -

「ほら、ここ」

すっとわたしの頭に繊手を伸ばす柚明お姉ちゃん。

小さい子が「良い子」と撫でられているようで、少し嬉しく快く、それでも同じ年齢の親友たちがいる手前、甘えた素振りを見せるのは気恥ずかしかったりもして。

「……とれた?」

わずかに頭(こうべ)を垂れたまま、上目遣いに訊ね問うたその時――

「柚明、無駄だよ。桜は数で攻めてくるからね。いくら払ってもキリがないって」
「ええ……」

少し呆れたようなサクヤさんの声と、お姉ちゃんの感嘆としたつぶやきに顔を上げると、頭に乗せられていたてのひらが髪を滑って頬を撫で、首筋を掠めて肩に止まった。

少し強い風が吹いていた。さわさわと木々がさざめき花を散らせていた。遠山桜も及ぶべくもない、それは見事な花吹雪。にも拘わらず咲く花はちっとも減ったようには見えず、もしや無限に咲いているのではないかと疑わせる夢幻の光景(ひかり)。いつかの槐を思わせる白花の乱舞。

「……すごい桜ね」

わたしにだってあるように、柚明お姉ちゃんにもサクヤさんにも、それぞれ思う所があるのだろう。

わたしは何も言葉を持たず、ただただ桜を見上げていた。

やがて風が納まり、花の吹雪もちらちらと、切れ切れに舞うまでに落ち着いて――

- 6 -

- 12 -

「お花見なんだから、花びらが付くのは仕方ないわ。払うのは諦めましょうか」
「そうそう、早くお昼にしよ――って、はとちゃんとこのそのお重、中身きっちり詰まってるの?」

いつの間にやら陽子ちゃんもレジャーシートに戻っており、放心したように上を向いていたわたしの手元を覗き込んでいた。

「あ、うん、ちょっと多いけど五人もいるんだから大丈夫だよね」
「……さーて、それはどうかにゃー」

と微妙な表情で返す彼女の手には、籐を編んだバスケット。中身はサンドイッチの類と見たが、こちらもなかなか量(かさ)がある。

「うちのママも『みんなでお花見? 素敵ねよーちゃん!』とか張り切っちゃってさぁ。はとちゃんとこのおべんとはもちろん摘ませてもらうけど、こっちの方やっつけるのも手伝ってよね」
「わたくしのところの板長も趣向を凝らしたそうですから、どうぞお召し上がりくださいな」
「わ、お凛さんとこも立派なお重……」

三家三様、食べ物は必要十分な量を超えて持ち寄っており、更にはお菓子やデザートは別腹とばかりに買い込まれていたりする。先にお凛さんが述べたように、一日二日どころか三日は手持ちで事足りそうな食料事情だった。

「おやおや、揃いも揃って見通しが甘いねぇ。こうなる予想はつかなかったのかい?」

ただひとり、一升瓶を除けば沢庵の切れ端さえ持ってきていない
サクヤさん。折角お料理上手なのに披露する気はないらしい。

- 13 -

曰く、花を楽しむにはお酒があれば十分で、大は小を兼ねるがごとく、お米で出来たお酒はお弁当をも兼ねてしまうのだそう。

仕事柄か常備品までアウトドア仕様の車には、レトルト食品なんかも詰んであるから、お弁当が足りなかった場合も、食べるものに困ったりはしないんだろうけど……

「まったくもう、サクヤさんは」

座右の命である用意周到に賭けて、それは一寸どうかと思う。

だけどそんな事を気にしてるのはわたしひとりのようで、柚明お姉ちゃんも陽子ちゃんもお凛さんも、せっせとお弁当を広げている。一品一品を小皿やお重のフタに取り分けて「誰彼のお弁当」という区別なく、好きに食べられるようにしている。

「あ、わたしも手伝う、手伝う」

かくしてレジャーシートには、足の踏み場もないほどにお皿が並ぶことになった。

一面の花と一面のご馳走――酒池肉林とはこの境地のことか。

「それじゃはとちゃん、食べよっか」
「うん。わたしもうぺこぺこだよ」
「それではみなさん――」
「いただき」
「ますわ」

声を揃えて挨拶し、お茶やジュースをコップに注ぎ、銘々料理にお箸を伸ばす。

満開の桜の下でというロケーションこそ特別だけれど、美味しいものを口にしてお喋りに興じるというのは普段の寄り道とあまり変わらず――

- 7 -

- 14 -

主な話題も学校での事とか、家での事とか、至って普通で平々凡々で――

ただ、わたしの家族とわたしの友達が、こうして一堂に会しているというのはやっぱり少しだけ特別なことで――

それはもう、時が経つのを忘れるほど楽しい時間になったのだ。

ところで座右の銘が銘なだけに、特別な日の前日には決まって準備を念入りにする。小学生時分の遠足では、何度も荷物を詰めなおしたりして寝不足になったものだ。

最近では修学旅行のときに似たようなことをしてしまい、前日の夜更かしが原因で新幹線の中で眠りこけてしまったり――

ああ、そういえば夏に経観塚に行ったときも、電車の中で眠ってしまったんだっけ。

暖かな春の陽射しを、そよ吹く風が揺らしている。

幽かに漂う花の香と、花びらの立てる涼しげな音を運んでくる。

この快い春風が、心地よく膨れたお腹と手を組んで、わたしのまぶたを押し下げた。

春は夜明けの景色が興味深いとは平安京女流エッセイストの言い分だけれど「春眠不覚暁」なんて唐代詩人の言葉に一票入れたいわたしなだけに、忍び足で訪れた睡魔にあっさり陥落してしまったのは致し方ない事だろう。

そしてわたしは本当に、時が経つのを忘れてしまい――

――――

まぶたの向こうで、ちかりと光が瞬いた。

目覚めるとすでに夜桜で、みんなは立つ鳥跡を濁さずと後片付けに余念がない。

- 15 -

「お、起きたのかい?」

すっかり酒気の抜けたサクヤさんが、ぼんやりと頭(かぶり)を振るわたしに気づいて声をかけてくる。

「ううっ、起こしてくれれば良かったのに……」
「桂ちゃん、気持ち良さそうに寝ていたから」

柚明お姉ちゃんは少し申し訳なさそうに、それでもどこか幸せそうに微笑みながら手を差し伸べてくれた。

引かれるままに身体を起こすと、身体の上に降り積もっていた花びらが、滝のように流れ落ちる。

……あれ?

違和感を感じて見回すと、レジャーシートはすでに仕舞い込まれており、つまるところわたしは地べたに直接転がっていたということになる。

それに気付かず眠り続けたわたしもわたしだけど、みんなも少し薄情なんじゃないだろうか。

「本当に起こしてくれてれば良かったのに。わざわざお花見に来たのに途中で寝ちゃったなんて勿体ないよ。わたし、何しに来たんだろうってがっかりだよ……」
「はとちゃんってば何言ってるの。花に埋もれて眠るだなんて、こんな場所に来なくちゃできないって」
「加えてそれが絵になるのは、花も盛りの今ならでは。まさに永久保存ものですわ」

陽子ちゃんとお凛さん、ふたりは顔を見合わせると笑い、揃って意味ありげに視線を流した。その流れの先には――

そういえば先程から不自然に後ろ手だったサクヤさんが立っていた。

- 8 -

- 16 -

小走りに回り込むと予感的中。手中にあるのは大きなレンズの付いた愛用のカメラ。最近のデジカメはすごいらしいけど、拘りがあるのか愛着があるのかサクヤさんはフィルム式一本槍だ。

「え? まさか撮ったの? 寝てるところ撮ったの?」

プロがプロ仕様の機材を使って撮る写真はとても綺麗だから、写されるのは別に嫌じゃないんだけど、まさか乙女の寝顔を無断で撮るなんて。

「サークーヤーさーん?」

寝起きのせいか未だとろんと蕩け気味の眦に力を入れて睨むと、サクヤさんはそっぽを向いて口笛を吹いた。夜の口笛を吹くのは、ちょっと――じゃなくて。

「フィルム没収!」
「それは承服できませんわ。今日は他にもたくさん撮っていただきましたもの」
「そうそう。はとちゃんは、あたしらの青春メモリアルまで一緒に奪っていっちゃうつもりなわけ?」
「ううっ、それは、その……」
「申し訳ありませんが、泣き寝入りしてくださいませ」
「またそれなの!? わたしいつも泣き寝入りなの!?」
「そのようですわ」

いけしゃあしゃあと嫣然と、わたしから二の句を奪うお凛さん。

陽子ちゃんに至っては、そんなフォローさえする気がないのか、

「あ、ところでですね、サクヤさん。焼き増し分なんですけど、はとちゃん経由だと中身抜かれる怖れがあるんで、あたしんち直で送ってもらうってことでいいですか?」

- 17 -

「構わないよ。住所は後でメールしてくれればいいから」

なんてサクヤさんと話しており――

春の刹那を体現する、花びらがひらひらと舞う、卯月は半ばの全休日。

そんな散り行く桜を惜しむ、宴に遊んだ日の午後のこと。

カメラのフィルムが一年の、一片の絵を切り取ったこと。

《   了   》

- 9 -

- 18 -