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症なのねぇ」
「あはは、そうだね」
 確かに重症なのだと思う。
 だけど十年前にお父さんを亡くした時のそれに比べれば、お母さんを亡くしてしまったという痛手の割には、心の傷は比較的浅いのではないだろうか。わたしはこうして毎日を平和に暮らしているのだから。
 だったら、それでいいのだろう。空っぽなら、これから詰め込めばいい。
 本当に大切なことなら、いまこのときに思い出せなくても、何かを忘れているような気がしても、いずれ思い出せる筈だ。例えば二、三ヶ月前に陽子ちゃんとしたことを思い出せなくても、それでも陽子ちゃんとの思い出は今この瞬間にも上書きされていく。
 記憶は漏れていくものだから、漏れるものは漏らしていこう。
 先程すれ違った女の子の顔をかつてどこかで見ていたとして、それを覚えていたところでわたしの人生に大きな影響があるとは思えない。
 そう考えながらふと振り返ってみると、偶然にもその女の子がこっちをふり向いて一緒にいた女の人と話をしているのが見えた。
 一緒にいる女性は高校生くらいだろうか。とても長い黒髪をした綺麗な女の人だった。
 小学生くらいの女の子は彼女に何かを告げると、突然わたしたちの方に走ってきた。やはりどこかであったことのある子なのだろうか。怪訝な顔をしたままのわたしの前に立ち止まると、女の子はわたしの目を見ながら話し出す。
 
 
「あ、あの、おねーさん?」
「ん、なに?」
「あのー、えーと、この近くの駅までの道が知りたいんですけど」
「あ、駅。えーとね……」
 わたしがしどろもどろしているのを見かねて、陽子ちゃんが代わりに駅までの道順を説明する。説明している間も女の子はわたしの顔をチラチラと見ていた。
「わかった?」
「わかりました。ありがとうございました」
 気がつくと女の子と一緒にいた女性もわたしたちの前にいて、礼を言いながら頭を下げた。間近で見ると、本当に綺麗な人だった。おそらく、この女の子のお姉さんなのだろう。
 わたしたちは二人に手を振り、再び歩き始めた。
 そのとき、背後から二人の会話が少しだけ聞こえた。 「こんなに辛いなら、やらなければ良かったです」
「どんなに後悔しても、時間を巻き戻すことはできません」
「そうですね……」
「葛様、戻りましょう。わたしたちのいるべき場所に」
「……はい」
 よく解らなかったが、あの二人には何か辛いことがあったのだろうか。
 わたしはもう一度振り返ったが、既に二人の姿はなく、見えたのは秋風に舞い運ばれる落ち葉だけだった。
 二人の少女にはその後、二度と会うことはなかった。
【完】
 

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